三月十四日 とうとう二週間、あいつは学校に来なかった。心 配になって、あいつの友達に休んでいるワケを尋ね てみた。 「インフルエンザだよ。あ、C組は明日から学級閉 鎖だって。うちのクラスではそいつだけだよ。休ん でいるの。だから学級閉鎖にはならないけどよ。い いよなぁ、学級閉鎖」 「……ありがとう」 おれは、自分の教室へ帰った。欠席している理由 がわかったからか、引っかかっていた何かがするっ と解けて、心が軽くなった気がした。 今日は部活で遅くなるから無理だけど、明日あた り、見舞いにでも行くか。 だが、あいつはやってきた。 大きなマスクで顔の半分を隠し、トロンとした目 であいつはやってきた。と、聞いた。 そして今日、あいつとおれは会うことは無いのだ ろう。と、思っていた。が、会った。 おれが所属する運動部のマネージャーを務めて いるあいつは、しんどそうな顔をしながらも、積も り積もっている仕事を一つ、一つ丁寧に破壊してい った。 世界はすっかり太陽を忘れた。そして星を知った。 途中まで同じ家路を歩く、あいつの小さな背中を おれは後ろから倒れても痛みを感じないよう、幻覚 の手で支えてみる。 「ねえ」 突然の声に幻覚の手は驚き、あいつの背中から離 してしまった。よろめいてしまうのではないか。倒 れて打ち所が悪く、もうその二重の目を開かなくな るのではないか。と、変に心配してしまった。 だが、その心配はバカみたいに意味の無いものだった。 あいつは二つの細い足でしっかり胴を支えてい た。もしかしたら、おれより強いのかもしれない。 「ねえ、ノドが痛い」 「え?」 「ノドが痛い。飴なぁい?」 「飴?」 おれは、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。 何も無い。ノートの入っている学生鞄の中を引っ掻 き回す。無い。 あ。 スポーツバッグを地面に置く。 「えっ、いいよ、いいよ。無いなら、いいんだよ」 「いやっ、ある。どっかにある」 スポーツバッグの底にあった。となりのトトロの メイを連想させる、丸いキャンディを包む紙が両端 できゅっとねじられている、いかにも『キャンディ』 というものがあった。 「あった。ノド飴じゃあないけど」 俺は、厚ぼったい前髪と、大きな白いマスクで阻 まれた二重の目を見て、飴を差し出した。そいつは 躊躇いがちに手を伸ばし受け取る。 「ありがとう」 おれはスポーツバッグを肩に背負いなおし、あい つの隣に並んだ。 あいつは大きなマスクを取り、形の良い唇を見せ た。その中に丸く赤いキャンディが吸い込まれてい く。あ、キャンディのCMに出たほうがいい。きっ と、誰もが美味しそうに見えて買うだろう。菓子メ ーカーもガッポリだ。 あいつは、笑顔を見せた。 きれいな笑顔だ。こんなきれいな笑顔を作る人間 が倒れやしないか。 おれは少し安心した。 これは、三月十四日のこと。 400字換算 4枚 公開日 2007.3.14 修正日 ×